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監督の子供時代の思い出に着想を得た韓国系移民家族の物語『ミナリ』 - Newsweekjapan

監督自身の子供時代の思い出に着想を得た韓国系移民の家族の物語 © 2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

<アカデミー賞で6部門にノミネートされた『ミナリ』は、監督自身の子供時代の思い出に着想を得た韓国系移民の家族の物語......>

世界の映画祭を席巻し、本年度アカデミー賞で6部門にノミネートされたリー・アイザック・チョン監督の『ミナリ』は、監督自身の子供時代の思い出に着想を得た韓国系移民の家族の物語だ。

舞台は1980年代のアメリカ南部。物語は、ジェイコブと妻のモニカ、長女のアンと弟のデビッドが、アーカンソー州の高原にたどり着くところから始まる。これまでカリフォルニアで暮らし、10年も孵卵場でヒヨコの雌雄鑑別の仕事を続けてきたジェイコブは、農業で成功することを夢見てその土地を選んだ。だがモニカは、何もない土地と安普請の車輪付き平屋を目の当たりにして愕然とする。

夢を追うジェイコブと都会の韓国系コミュニティで子育てしたいモニカの関係がぎくしゃくするため、夫婦はモニカの母を韓国から呼びよせ、子供たちの世話をまかせることにする。やって来た祖母は毒舌の型破りな人物で、弟のデビッドを大いに戸惑わせるが、あるいたずらをきっかけに絆を深めていく。だが、農場の水が干上がり、取引先も当てにならず、家族に次々と災難が降りかかる。

監督の子供時代の思い出から個性的な人物を作り上げる

チョン監督は子供時代の思い出から、実に個性的な人物を作り上げている。

デビッドは祖母が来ると聞いて、クッキーを焼いてくれる優しいおばあちゃんを想像していたが、その予想は見事に外れる。祖母が初めて会う7歳の孫にみやげとして差し出すのは花札で、今から覚えれば強くなれると言って平気な顔をしている。料理はできず、テレビのプロレス中継に興奮して声を上げている。一家が教会に行ったときには、回ってきた献金のトレイからモニカが入れた札をくすねる。

それから、ジェイコブに雇われて農場で働くことになるポール。彼には他のキリスト教徒とは違う強烈な信仰心があり、その行動はときに奇異に映る。耕した畑に苗を植えるときに、唐突に悪魔祓いを始める。ジェイコブがタバコを勧めると、恐ろしいものを見るように身を引いて拒む。一家が教会の帰りに偶然ポールに出会ったとき、彼は大きな十字架を肩にかけて引きずるように田舎道を歩いている。

しかし、チョン監督が思い出を巧みに構成し、個性豊かな人物を盛り込むだけでは、本作のように人を深く引き込み、特別な印象を残す世界を切り拓くことはできない。そこには、人物やエピソードをしっかりと結びつけていく独自の視点が埋め込まれている。

女性作家フラナリー・オコナーの作品の影響

そこで筆者が注目したいのが、チョン監督が南部出身の女性作家フラナリー・オコナーの作品の影響を口にしていることだ。ただし、本人は以下のようにしか語っていない。

「オコナーの作品では、読者が最も好きになれない登場人物が、他者に対して恵みと救いの手を差し伸べる。僕はそういう意外な展開が好きで、すごく励まされる」(プレスより)

この発言は、後述するようにオコナーの作品の重要な部分に触れてはいるが、影響はそれだけではないように思える。筆者はこの発言を目にする前に、本作を観ながらオコナーの作品を連想していた。

たとえば、監督自身が投影された少年デビッドが、心臓病を抱えている設定になっていることだ。オコナーは紅斑性狼瘡という難病を患い、39歳で没したが、そうした背景が様々なかたちで登場人物に投影されている。

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『フラナリー・オコナー全短篇【上】』フラナリー・オコナー 横山貞子訳(筑摩書房、2003年)『秘儀と習俗──フラナリー・オコナー全エッセイ集』フラナリー・オコナー 上杉明訳(春秋社、1999年)

短篇『田舎の善人』に登場する32歳の女性ジョイは、10歳のときに狩猟中の事故で片足を失い、「十分に手をつくせば、ジョイは四十五歳までは生きるでしょうと医者から言われている。心臓が弱いのだ」と表現されている。短編『火の中の輪』で「女の子は十二歳で顔色が青白い。太っていて斜視ぎみで、大きな口の中には銀の歯列矯正ブリッジがぎっしりかかっている」と表現される少女は、いつもなにかに隠れるように周囲の出来事を見守る。

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