製品自体は変えずにいかに愛され続けるか。その答えとして存在価値を“今仕様”に刷新させた成功例が、御年95歳のせっけん「赤箱」だ。今後のさらなる攻めとは。
※日経トレンディ2023年5月号の記事を再構成
「体から顔までこれ1つで洗えるので安心感がある」「いろんなせっけんを試してみて、これが一番刺激が少なく、デリケートな肌にも優しい」──。
2023年3月に京都・祇園で開かれた期間限定の「赤箱 AWA-YA」会場内では、そんな声が聞かれた。牛乳石鹼のせっけん「赤箱」のプロモーション企画としては3年半ぶりに開かれる大型リアルイベント。事前予約制で約6000人のファンが全国から集まった。会場には泡立ちを体験できるコーナーなどを設置。ショップでは数量限定の商品をはじめ、京都のあぶらとり紙で有名な「よーじや」や人気ドーナツ店「koe donuts kyoto」とのコラボ商品を販売した。触覚、嗅覚、味覚まで、五感を使って赤箱の世界に浸れる催しだ。「京都は古き良きものと親和性がある街。今後は関東でも開催したい」と牛乳石鹼共進社で赤箱の販促責任者を務める道喜久純氏は意気込む。
赤箱は2023年に発売から95周年を迎える超ロングセラー。近年は、イベント参加者が話したように、洗顔にも使えることで注目を集め、愛用者が“増殖中”だ。
製造・販売する牛乳石鹼共進社は、1909(明治42)年にせっけん生産の中心地だった大阪で創業した。赤箱は同社の「牛乳石鹼」ブランドの商品として、28(昭和3)年から販売してきた。現在の正式な商品名は「カウブランド赤箱」としている。
赤箱は製造に手間と時間をかけているのも大きな特徴だ。せっけんの製造法は大きく2つあり、現在の主流は短時間で大量の製品を作れる中和法だ。せっけんの主成分である油脂をあらかじめ分解しておき、脂肪酸のみをアルカリと反応させる方法である。これに対し赤箱は、伝統的なけん化塩析法(通称=釜炊き製法)を採用している。原料の油脂とアルカリ剤を釜に入れて撹拌しながら加熱することで、せっけん成分のみを選り分けていく。時間がかかるが、うるおい成分を含んだせっけん素地を得られる利点がある。
赤箱の場合、天然のヤシ油と牛脂を主成分とし、完成までに1週間ほどかかる製法を「かたくなに守ってきた」(同社)。牛脂を使用するせっけんは、他社ではほぼ見られないという。これによって原料の天然油脂に含まれるグリセリンなどの保湿成分が製品に含有され、洗い上がりの肌がつっぱらない優しい使い心地が生じるのだ。赤箱はさらに保湿成分のスクワランを配合しているので、「しっとりした肌当たり」に定評がある。
もっとも赤箱が「洗顔にも良い」という特徴を前面に押し出したのは21世紀に入ってからである。発売から長らくは品質の良さを訴えるだけで、十分な売れ行きが見込めていた。
長い歴史を振り返ると、牛乳石鹼の名が知れわたったのは50年代以降のこと。「花の香り ゆたかな泡だち 牛乳石鹼 よい石鹸」というCM曲を多くの人が口ずさみ、テレビの音楽バラエティー番組「シャボン玉ホリデー」の提供でも親しまれた。高度経済成長時代からバブル時代にかけてせっけんは贈答用としても重宝され、赤箱は長らく西日本のナンバー1ブランドの座を保ってきた。ところが90年代以降は贈答需要が泡と化したうえに、液体せっけんの台頭によって固形せっけんの市場が縮小。「花王石鹸ホワイト」以外の、大手企業の有名ブランドが次々と姿を消したり、業務用へ移行したりした。
牛乳石鹼は93年に「固形石鹸のナンバー1メーカーへ」をスローガンに掲げ、94年には看板ブランドである赤箱の色を企業カラーに採用した。ところが97年に姉妹品ともいえる「カウブランド青箱」の売り上げが勝る。青箱は戦後の49年に同社にとって未開拓だった東日本を攻めるために発売した戦略商品で、赤箱に比べて安価な仕様に設定していた。2009年にせっけんメーカーとして国内売り上げシェアトップの座を獲得するも、赤箱の売り上げは全盛期の3分の1ほどに落ち込んだ。そして11年、いよいよ社内に部署横断型の「赤箱再生プロジェクト」が立ち上がった。
■1928年、「牛乳石鹼」を自社展開
■1956年以降、ラジオやテレビ番組の1社提供で全国区の知名度に
■1960~80年代、贈答品需要などで全盛期に
■1990年代以降、固形せっけん市場が縮小
■2011年、社内で「赤箱再生プロジェクト」発足
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