(メイン写真:『ワンダヴィジョン』場面写真 © 2021 Marvel)
本来、節目になる予定だった2020年。マーベルに訪れたのは苦境だった
毎週金曜、新しいエピソードが配信される度に世界中のマーベルファンを阿鼻叫喚、狂喜乱舞させているディズニープラスで配信中の『ワンダヴィジョン』。ここ日本でも、一昨年スタートした『スター・ウォーズ』のドラマシリーズ『マンダロリアン』や、昨年の『ムーラン』『ソウルフル・ワールド』といった本来なら劇場公開される予定だったディズニーやピクサーの新作映画とは比べものにならないほどの多くのリアクションが、ソーシャルメディアを賑わせている(金曜日の夜になるとディズニープラスのサーバーが不安定になりがちなのは困りものだが)。
このマーベル・シネマティック・ユニバース初のオリジナルドラマシリーズ『ワンダヴィジョン』の大成功を、連戦連勝のマーベル・スタジオならではの横綱相撲とする向きもあるかもしれないが、筆者は絶体絶命のピンチから復活を遂げての奇跡的なロケットスタートだととらえている。
『ワンダヴィジョン』予告編2019年春に公開されて歴代世界興収ナンバーワンとなった『アベンジャーズ/エンドゲーム』。それに続いてその年の夏に公開された『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』。その2作をもって、マーベル・シネマティック・ユニバースは2013年以降、最も長いインターバルに入っていた。ちなみにその2013年の前年2012年は、マーベル・スタジオがディズニーに買収されて、『アベンジャーズ』第1作目によって同ユニバース最初のタームとなるフェーズ1が終了するという、マーベル・シネマティック・ユニバースにとって大きな節目の年であったが、本当ならフェーズ4が始まる予定だった2020年は、その時以上の節目の年になるはずだった。
その理由の1つは、フェーズ1からフェーズ3までを通して、常にユニバースの中心的な存在であったアイアンマンとキャプテン・アメリカが揃って『アベンジャーズ/エンドゲーム』で退場したことによって、フェーズ4ではヒーローたちを取り巻く環境やその関係性がこれまでとは大きく変わることが予想されていたこと。2つめは、当初は2021年5月に公開が予定されていたドクター・ストレンジの2作目『Doctor Strange in the Multiverse of Madness』(原題)のタイトルでも示唆されているように、マーベル・コミックではお馴染みのマルチバース(並行世界)の概念がいよいよマーベル・シネマティック・ユニバースにも導入されることが予想されていたこと。そしてなにより大きいのは、マーベル・スタジオの親会社であるディズニーの意向もあって、フェーズ4からは映画作品とディズニープラスで配信されるテレビシリーズ、その双方が綿密に絡み合ってユニバースを広げていく予定になっていたことだ。
ディズニーとマーベル・スタジオの当初の予定では、まずは2020年春に映画『ブラック・ウィドウ』(現在、2021年春に公開予定)で2016年『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』の直後の時代設定まで遡ることで、フェーズ4以降の怒涛の展開に向けて状況を整理して、マーベル・シネマティック・ユニバース初のテレビシリーズとしてキャプテン・アメリカの「継承」を描く『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』(2021年3月19日配信開始予定)を2020年の夏に配信して、バトンを引き継ぐはずだった。しかし、そうした綿密に練られてきたプランは新型コロナウイルスのパンデミックによる世界的な劇場閉鎖、及び撮影中断によってすべてが吹き飛んでしまった。さらに、2020年8月にチャドウィック・ボーズマンが急逝したことによって、『ブラックパンサー』シリーズは一旦白紙に(マーベル・スタジオはブラックパンサーをリキャストすることはないと公表した)。マーベル・シネマティック・ユニバースにとって勝負の年になるはずだった2020年は、2008年に『アイアンマン』1作目でユニバースが始まって以来初めて、1つの作品も公開されない「空白の年」にして、今後のユニバースを背負っていく特別なスーパーヒーローを失った「喪失の年」となってしまった。
あらすじ:とある郊外の街に引っ越してきたスカーレット・ウィッチことワンダ・マキシモフとヴィジョンは、夢に見ていた結婚生活を手に入れ、幸せな日々を送る。しかし次第に、その裏に隠された「謎」が明らかになっていく。 / © 2021 Marvel
メタ的な各話タイトルやシットコム形式。異色のマーベル作品
つまり、本来マーベル・シネマティック・ユニバースを取り巻く状況が十分に温まったところで投下されるはずだった『ワンダヴィジョン』は、いきなり波乱に満ちたフェーズ4のオープニング作品という重責を引き受けることになったのだ。2021年1月15日に『ワンダヴィジョン』のエピソード1が配信されると、1年半ものあいだ飢餓状態にあった世界中のマーベル・ファンは、概ね好意的に「マーベル作品の帰還」を受け止めた。しかし、ティーザー(予告編)の時点で明らかにされていたように、1950年代シットコム(登場人物たちの置かれている状況によって視聴者を笑わせる約30分1話完結のコメディドラマ。特徴として、画面の中には存在しない観客の笑い声が足されている作品が多い)を周到になぞったその作品フォーマットは、マーベル作品としてはあまりにも異端で、中には戸惑う人もいただろう。少なくとも、これまでシットコムなんて見たことがないマーベルファンの子どもたちにとっては、まったくつかみどころのない作品だったに違いない。
まるで東京事変のアルバムタイトルのような、「公開収録でお送りします」(Filmed Before a Live Studio Audience)、「チャンネルはそのまま」(Don't Touch That Dial)、「カラー放送」(Now in Color)、「番組を中断します」(We Interrupt This Program)といった、テレビ番組であることにメタ的に自己言及する各エピソードのサブタイトル。劇中で突然挿入されるオーブントースターや腕時計、バスソルト、キッチンタオルのコマーシャル。それらの仕掛けが主張しているように、本作『ワンダヴィジョン』はマーベル・シネマティック・ユニバースにとって飛びっきりの実験作という位置づけだったはずだ。もちろん、「初のオリジナルドラマシリーズ」という時点で大きなトライアルであることは間違いないわけだが、本来は『ワンダヴィジョン』よりも前に配信されるはずだった『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』が、少なくとも既に公開されているティーザーを見る限りではオーソドックスなバディ・アクション作品と予想されるのに比べると、『ワンダヴィジョン』の異色さは際立っている。
※以下より、本編の内容に関する重大な記述が含まれています。あらかじめご了承下さい。
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